「韓国へ」その15  リポーター熊木

2006.07.14 Friday 10:15
 『いつか七夕』を歌った時は、頭の中で、拉致被害者家族の横田さん夫妻、現在北朝鮮にいる横田めぐみさんのことを考えました。この歌は、横田早紀江さん著書の『めぐみ、お母さんがきっと助けてあげる』(草思社)を読んで、いつか織り姫と彦星の様に家族で再会できますように…と願いを込めてつくったものです。韓国では、何の説明も出来ないので、本当に、想いのみで歌わなければいけません。みな静かに聴いて、歌い終わると拍手、激励をくれました。最後は『戦いの矛盾』を歌いました。この歌は、どんな場所だろうと、国だろうと、戦争という最悪の矛盾物を通し、私が伝えられる気持ちなのだと、韓国で歌うことで改めて思いました。最後に、歌うことができてよかったです。わずかな時間でしたが、韓国でのライブはこうして終わりました。
 その後、東大門で革ジャンを買って、家族にもお土産買って、蚕を食べてみるか否かで迷い、結局なくてあきらめて…カメラクルーのみなと社長も吉俣良さんも含めてカラオケに行って…なぜか私はタッチを歌って…ソウルで最後の夜を過ごしました。そういえば…食べに行ったお店で、衣がやたらに黄色くて、ほどよくカレー風味の天麩羅を食べたような…。
 さぁそんなわけで私の初めての韓国紀行は終わりになります。今振り返っても何を煮込んだのかわからない鍋みたいな数日でした。ふっふっ。一つ言えることは、みなさん外国に行く時は、シャンプー、歯ブラシ、持参しましょう。そうそう…。余談ですが、韓国から飛行機で日本に着いた私は、そのまま京都に向かいました。翌日ライブがあったので。ここまで言えば想像してもらえると思いますが、韓国帰りの舌に、京都の料理を乗せたなら!もう感動的においしく感じたとは言うまでもありません。決して韓国の食べ物がまずいと言っているのではなく、私は日本人だった…と痛感するのです!ありがとう韓国!ありがとう京都。 完
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