11月17日、2度目の甑島、鹿児島串木野港から向かう船の中で。

2006.12.19 Tuesday 17:44
11月17日、2度目の甑島、鹿児島串木野港から向かう船の中で、私はなんとなく、家を離れて久しぶりに親元へ帰る、といったような気分でいました。波の音は、一年前にひとり歌をつくるために向かった時とは何かが違う。今回は、ライブ。無論、マネージャー、ドキュメンタリー番組の制作にあたった撮影スタッフの方たちやピアノを弾いてくれる吉俣良さんが一緒だということもある。Drコトー診療所というドラマの、コトー先生のモデルになった医師、瀬戸上先生のドキュメンタリー番組のエンディング曲を私が担当させてもらうことになり、撮影スタッフの方たちが付きっきりで、計約3ヶ月近く甑島に滞在していたそうなのですが、その間に、私も甑島へ行ったのでした。

私の滞在はたったの2日間でした。この時は、瀬戸上先生には直接お会いすることはできなかったのですが、手打診療所の看護婦さんにお話を聞くことができ、夕食をごちそうになり、いたらない私でしたが、今回、つくろうとしている歌の目的とその意味を考えることができました。ひとり町を歩いていると、みな気さくに話しかけて来てくれるので、それもその時私にはとても不思議な光景でしたが、うらやましい気さえするオープンな、人と人との間の壁を超えた関係がある、そんな気がしました。1日目に宿泊した民宿では、パジャマを持って行かなかった私に、貸し出しはしないことになっているパジャマを貸してくれて、心細さからか、身にしみるほど有り難かったです。翌日の宿泊先の旅館では、受付で私の名前を見て、私のコトを知ってくれている方がいて、島を見てまわりたいのです…と言うと自転車を貸してくれました。嬉しさからか、意気揚々半日、チャリンコで島を見てまわりました。私から、通り行く小学生に挨拶をしてみたりしながら。帰り着くと、その旅館の方は、それじゃ遠くは行けなかっただろうと、こしき海洋深層水の工場で働く方たちを紹介してくれ、工場見学もさせてもらった後、なんと仕事の途中に、車で島を案内してもらいました。それは本当に予期せぬ、人のあたたかさでした。夕日の沈むそのひとときも、私には新しい風でした。瀬戸上先生は、鹿児島本土から甑島へ渡り、もう20年以上「離島医療」に取り組まれています。先生の気持ちを少しでも感じたいと、海に囲まれた島からの景観に取り憑くように目を広げ、車中、おこがましくも思った私でした。記憶をお土産に東京に帰り、ふりかえりながら作った歌が「しんきろう」です。

約一年を経、今回、島の人が私を呼んでくれたライブでの再会。テレビで放送され歌を聴いて、瀬戸上先生も島の方たちもとても喜んでくれたそうでした。話を聞いた時はとても嬉しかったです。でもやはり実際に島へ行って会って歌うというのは、「しんきろう」が、自分のためにつくった歌ではないということが大きく、こんなことが初めての私の気持ちは高揚していました。船は潔く、甑島に到着。天気は私の心模様。
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